書くザトウクジラ

寄り道こそ、王道。

【五輪】合計メダル数が98年長野に並んだピョンチャン【過去最多】

 

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✱冒頭の引用文は2018年2月18日 21時41分配信の下記YAHOO!ニュースを参照しています。

 

平昌五輪は18日、スピードスケート女子500メートルが行われ、1000メートル銀メダリストの小平奈緒(31=相沢病院)が五輪新記録で金メダルを獲得。今大会の日本の獲得メダルは、冬季五輪では98年長野の10個に並ぶ過去最多となった。
 

17日に男子フィギュアスケートで羽生結弦(23=ANA)が金、宇野昌磨(20=トヨタ自動車)が銀を獲得し「9個」となり、海外での五輪では14年ソチの8個を超え記録を塗り替えていた。

 

メダル数なんて、私にとってはなんでもいいんです!たとえ一個だとしても、これだけ日本中を、世界中を一つにしてくれた選手皆さん一人一人に感謝の金メダルかけて差し上げたい、そう心から思うのです。

 

 

 

小平選手が相澤病院へ就職したきっかけ

 各選手のみなさんはそれぞれ必ずどこか企業に所属されているイメージがありますが、小平選手の場合は病院が所属先となっております。気になったので、下記サラッと速報さんのブログを参考にしながら調べてみました。

 

小平奈緒さんは信州大学教育学部を卒業していますが2008年12月、当時4年生の冬になっても就職先が決まっていませんでした。当時、全日本スピードスケートの距離別選手権大会1500mですでに優勝と活躍をしています。

地元長野で信州大学の結城匡啓教授コーチの指導を受けてスピードスケートを続ける希望があり、卒論も「有力選手のカーブワーク動作解析の研究」等とスピードスケート関連

就職先が決まっていなかった2018年12月には冗談ながらも小平奈緒は朝日新聞の記者に「朝日新聞で雇ってください」「このままじゃニートスケーターで」等と語ったこともあるよう。そして両親は1年ぐらいは面倒を見ると決心したものの、治療やリハビリで縁もあった長野県松本市の相澤病院に就職します。

ちなみに相澤病院は小説「神様のカルテ」のモデルにもなっています。

 

 勉強もできるバリバリな頭脳派金メダリスト小平奈緒選手だったんですね。その素地があるからか、試合前のインタビュアーとの受け答えに迷いがまったく感じられませんでした。

 あれはご自身の技に対する絶対的な自信だけでなく、しっかり頭で分析されて裏付けされた上での自信もあったのかもしれません。まさに約束された勝者ですよね

 

 

相澤病院による最高のサポート

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小平奈緒を受け入れた相澤病院の相沢理事長は小平奈緒を競技に専念させるために
遠征費や用具代など、年間1000万円以上を負担

2014年4月、ソチ五輪が終わってから小平奈緒はオランダへの留学を願い出た時に相沢理事長は二つ返事で快諾。

オランダ留学は2年間に渡りますがこれを長期出張扱いとして相澤病院が滞在費を負担。

 テレビで相澤理事長を拝見したのですが、本当に人あたりがよく、器の広そうなお方だなという印象を受けました。もちろん今回のオリンピックの主役は、競技者の小平奈緒選手です。

 しかし、相澤病院のような自分を最大限に、本当に献身的にサポートしてくれる存在があればこその勝利、みんなで掴んだ金メダルなのだということを感じずにはいられません。

 

 

忘れられない言葉

 

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 オリンピックのスパンは4年間だ。しかし必ずどの選手にも、ストーリーがあり、人生がある。「メダルを初めて取るまで。メダル連覇まで。」必ずしも4年ではおさまらない。選手の数だけ、支えている人の数だけある物語。

 ピョンチャン五輪は25日まで続く。私達が応援を止めない限り、まだまだ日本勢はメダルをとってくれる。応援が力になることの強さを私達は知っている。

 今朝のとくダネで映された、小平選手が所属する「相澤病院」の87歳の女性患者が涙とともに語った言葉が忘れられない。

❝ 奈緒ちゃんの次の演技も見たいから最低でも4,5年は長生きしなきゃね ❞

小平奈緒選手が持ち帰ったものは「金メダル」だけではない。