書くザトウクジラ

寄り道こそ、王道。

日本企業は「確認文化・まだいる文化」説

 

 

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昨日の朝のラジオで聴いた話である。

そのラジオDJには、日本に詳しい外国の友人がいる。その独自の視点により日本企業を分析したので、その結果を番組内で公開していた。主な内容は本記事タイトルにあるように、「確認文化」「まだいる文化」の二つである。

 

 

悪しき「確認文化」について

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 まず「確認」文化についての考察を紹介していく。ラジオ番組内で取り上げられていた例え話を一つ。上司が自宅就寝中に、部下から電話がかかってきて、その内容は翌日の業務についての確認の電話だったそうだ。

 業務上何かミスをすると、ちゃんと確認はしたのか?と、上から真っ先に責められることが予想され、部下の相談を受けたからにはその上司も、たとえ勤務外であろうが向き合わねばならない。つまり、いくら部下のお願いであろうとそれに背くことは許されない

 

 次に私の体験談を話す。依頼内容のEメールをクライアントに送信する際に、(もう何百回入力したか分からないが)必ずと言っていいほど、本文末尾に「ご確認よろしくお願いいたします」とつけていた。そのことからも、日本人が確認という言葉に自分でも気づかないほど、支配されていることを表していると言える。

 また、「確認」という言葉のもつ意味の範囲の広さ、凡用性の高さ、完結性(頼りすぎ)という事実を再認識させてくれる、紹介内容であった。  

 

悪しき「まだいる文化」について 

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 まだいるなと課長や部長、その他同僚たちの目に見えない圧力。まだあの新人はデスクに残っているな、という目に見えないプレッシャー。まるで、目に見えない糸でつながれているかのようだ。

 ここでも、私の過去の実体験に照らし合わせてみる。当時の私は、部長より早く退勤など恐ろしくて出来なかった。ましてや、最も距離の近い上司より早く退社することなどどうして出来ようか、いや出来ない。(反語)

 上司から、「今日はもう遅いから」と帰宅を促されても、一回言われただけだと、まだその場に居残ってしまう私がいた。さすがに二回目、三回目と忠告をうけると、本当に帰ってしまっていたが。逆に言えば、私のような当時新人の社員であろうと、その不穏な空気を察していた、ということになる。

 極端であるが、社則で定時退社がさだめられていない限り、上司から「あがっていい」と言われようが、退社できない状況がまだ根強く残っている事実を、ラジオを聞き再認識した。 

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 しかしよく考えれば、これだけ便利な世の中になれば、ある程度、職務が軽減されていいものである。一昔前のパソコンもFAXも無い時代に比べ、現代はもう少し時間の節約がなされてもよいはずだ。下手をすれば、かえって仕事量がふえているのでは、という錯覚を覚えずにはいられない。

 世界からみても異端である「まだいる文化」の血がかよう民族と、旧体質を残す日本企業という負の組み合わせ。地元の企業情報をさぐっていると、平成設立の企業もだいぶ増えてきたように思う。

 もはや、そういった"会社まるごと新体制"の企業に期待して、昨今の状況を改善するしか現実的手立ては無いのだろうか。 

 

まとめ 

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 新入社員の力などたかが知れていて、発言権も低い。ましてや、会社の何十年選手と呼ばれるような○長クラスなど、会社に恩義を感じていてかつ、生かされている(生命線を握られている)ため、思考回路も社則が染みついた、色のあるものになっているだろうし、もっと期待はできない。どのみち現状打破には時間がかかりそうだ。

 企業選びという段階にリセットされた、現在の私にはまだそのチャンスがあるはずだ。少なくとも、考え方が合う企業を選択さえすればいいのだから。

 いやもはや、企業を選ぶというレールに乗せられている時点で、私の運命は永遠にトンネルの中を抜けられないのかもしれない