書くザトウクジラ

寄り道こそ、王道。

中学二年男子の人生をかけた勝負@朝日声欄

 

f:id:marimoconnect:20180527140633p:plain

2018年5月25日付 朝日新聞朝刊の声欄にて掲載されていた、中学二年男子の文章が印象的だった。我々大人の読者にどこか奮起させる内容であったため、掘り下げて紹介したい。

  

タイトル「すきま時間での勉強 習慣化」 中学二年男子 

 受験生になって、目標を二つ決めた。一つは勉強について。完全に毎日、すきま時間の勉強を習慣化することだ。今は朝早く起きた後や帰宅後などの時間に勉強している。しかし寝坊したりと、予定通り取り組めないこともある。寝る時間は削りたくないので、すきま時間での勉強を毎日続けたい。
 二つ目は生活面について。以前は午前0時まで起きていることもあったが、身長も伸ばしたいので早寝早起きを心がけたい。スマホは家のルールで夜9時にはリビングに戻すことになっているので、スマホをみて夜更かしすることはない。良かったと思う。寝る前に少し暗記の勉強をすると、ほど良く眠くなるし、記憶に残りやすいのでこれからも続けたい。1年間努力すれば、進路でも良い結果が出ると思うので頑張りたい。 

 

 

すきま時間を有効活用

f:id:marimoconnect:20180527141743p:plain

 電車の移動時間、病院の待ち時間、料理の待ち時間。このように、両手が空き、かつ時間が経つのをひたすら待たなければならない時間は多く存在する。さらに言えば、「すきま時間」は一日のうちに誰でも訪れるものだ。いつでもやってくる時間だからこそ、自分が強く意識していることが思い出され、自然とその物事に取り組んでいる状態が理想と思われる。
 一日二時間等、きまった時間を連続で有効活用するよりも、骨の折れることだと思う。すきま時間がやってくる度に、忘れることなく、やりたいことに全力で取組む。逆に言えば、すきま時間を活用できているということは、自分が心の底から成し遂げたいことがあるということだと思う。

 

睡眠の最大活用

f:id:marimoconnect:20180527141839j:plain

体の成長を妨げないようにする

 私の学生時代はとりあえず運動部に入って、いっぱい食べて、たまに気が向いたら予習復習して、というざっくりした内容だったように思う。
 夜更かしに関して私は、この男の子のようにしない方だったが、それはただ「眠いから」という安直な理由からであった。体の成長のことなど気にしていなかった。この少年のように、死ぬまでつきあっていく自分の体をいたわる自分がもっと早くからいたら、どれほど身長が伸びていただろうか?(現在170cm越えてるのでそこまで悲観してない)
 自分のことを長い目で見られるような、客観視できるものの見方を、若い内に身につけておくに越したことはない。

 

記憶の定着

 就寝前に何か生産的なことをして眠る。なかなかできることではない。先程のすきま時間に加えて、眠る寸前まで有意義なことをする。
 私の場合は、特に決めていることはなく、気持ちよく眠りに入れるように音楽を聴くくらいの事しかやってない。今の私でこそそのような状況なので、働き人だったときは、ごはん→風呂→テレビ→スマホ→気絶という段階を踏んで一日を終えることが多かった。
 働くことは本来、人生を経験値的にも人間性的にも金銭的にも豊かにするためにあるべきものなのに、本末転倒なことをしていた。次働くときは、夢の実現という大それた目標を作るとまでいかなくとも、せめてプライベートを充実させるようにしたい。

 

家のルール決め 

f:id:marimoconnect:20180527142030p:plain


 この男の子の家庭独自のルール。スマホは夜9時にリビングに置き封印すること。環境そのものを変える工夫。なんでもスマホで事足りる昨今。目覚まし、スケジュール管理、朝のニュース。さらに、大音量のスマホのアラームは難なく朝起こしてくれる。しかし一方で、それは朝一番のスマホ依存を助長させてはいないだろうか。
 すべてを小型機器一台に集約してしまうことは、便利であることに間違いはない。しかし、それは一定の距離感を保ち、節度を守った人間にとってだけだ。
 本少年の家族は、夜にスマホをリビングに置くということは、朝は目覚まし時計を使って起床しているものと予想される。道具をうまく使うこと、自分の手足のように利用すること。手足のようになれば十分であり、道具に役割を与えすぎた結果、人間の体は支配されてしまうのだ。

 

1年間毎日勉強するという意志力

f:id:marimoconnect:20180527142143p:plain

 継続する意志の強さももちろんであるが、若くして一年間も打ち込めることに出会えたこの少年は偉大だ。それが、人生における必須イベント「受験」という舞台であろうが関係ない。ただでさえ短い人の一生に、遅すぎることも、早すぎることもない。しかし、当然であるが、初動の早い方がその分結実も早い。矢のような人生にはそれがちょうどいいのかもしれない。

 

まとめ

「若いから」「歳だから」という年齢の問題ではない。同様に、忙しいから何もできないということも言い訳にすぎない。目標を定め、必ずできると信じ、物事に取り組むことができるこの男の子に私も見習うべき点はたくさんある。
自分一人で目的を設定し、達成するまで努力し続けられること。それが大人になるということなのだ。