書くザトウクジラ

寄り道こそ、王道。

最初の揺れから時間が止まっている

 
 

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近畿圏内にいる身からすれば、最初の揺れ(6月18日 7:58発生)が起きてから、私の中ではまるで時が止まっているように感じる。
 
気が気でない。その日から今日まで、2回ほど揺れがあったし尚更である。眠る前に好きなことをして就寝する習慣までは変わってないが、入眠儀式がすべて完了、消灯し、まぶたを閉じる。問題はその後だ。ねている内に地震が来ないかという不安が一瞬よぎってから、ようやく夢の世界へ沈む。
 
それは毎日きまって、同じタイミングでやってくる。
 
 
 

開始

 
 日常においては、テレビやラジオで毎日のように、スーパーやホームセンターから水、非常食が消えているという報道を耳にする。実際に足を運ぶとたしかにその通りであった。カートに入れて箱買いしている人も間近でみた。それに駆られるように私も店を回ったが一歩遅かったようだ。最終的になんとか掻き集めて家に7リットルの水をこしらえた。
 店に行き、水が大量にあるのを確認すると、「まだ買わなくていいか」と安心した気持ちになるし、水が売り切れだったら今度は「水を買っとけばよかったな」と後悔し、無性に手に入れたくなる。謎の心理状態、人間の惰性? 異常事態を肌で感ずることでようやく、頭のスイッチが切り替わる。
 私が人生で身に体感した地震においてここまで、はっきりと揺れを認識したのは初めてかもしれない。だけど、緊急事態だからと言って甘んじていられない。何かできることはあるはずだ。その第一歩として自分なりに、今「地震に備えていること」をリストアップしてみた。ネットで調べれば一発だし、もっとわかりやすいけど、「まずは」自分の言葉で、自分の考えで「記録」することに意味があると思ったのでそうします(以下5つ)
 
 
 

生き続けるために

 
 

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割れ物を床におろす

はさみ、ペン立て、花瓶など散乱すると危険なものを床に置く。但しテレビはふだんから使用頻度が高いため、その斜め下に毛布を敷く程度にしている。液晶パネルの破損を防ぐ。あとはほんの気持ちで、本体をテレビ台後方につめるようにも配置した。
 
 

宅配便チラシの保管

これまでだと即ゴミ箱行きになってたものを取っておく。気休めかもしれない。なぜなら、甚大な震災が起きれば出前全般がそもそも機能しないことが考えられるからだ。しかし、万が一被害の少ない居住域に該当していれば、宅配便もふだん通り営業するはずだ。心身疲弊しきったときに、自分の好きなものを手軽に食べられる強みは大きい。気休めには違いないが、この薄い紙切れが私の心を軽くさせるのだ。
 
 

大事なものをひとまとめに

一刻を争うとき、脱出を迫られるとき。迅速に、財布、通帳、印鑑、思い出の品をまとめて持ち出せるように固めておく。近くにリュックサックも常備して。あとはそれに詰め込むだけ。いつでも準備万端。毎日その事実を確認するだけでも、心にゆとりができる。
 
 

外にいる時間を短く

なぜここ最近の私は、歩くとき、競歩気味なのか。早く目的地に到着し、早く家路につくことで自宅の滞在時間を長くする。家にいるときに何か起これば、そのまま大事なものを抱え安全な場所に避難できるため、家に居るに越したことは無いと考えている。
いかんせん外界には予測できない危険が多すぎる。電柱、ガードレール、クルマ、バイク、自転車。災害発生時はどんな凶器に変わるかも窺い知れない。なるべく外にいる時間を作らないことも、自分を守る術だと信じている。
 
 

常にスマホを充電100%に

もはや、絶対必要の武器である。自身の生存率をあげる情報収集ツールのみならず、安否確認・安否報告といった重要な役割を持つ。
インフラだからと言ってライフライン「電気」への過信も禁物だ。コンセントなど物質に過ぎず、たった一撃で壊滅する可能性を十分に孕んでいる。「残充電1%の違い」はそのまま、来るべき未来を迎えるか否か、に通じているのかもしれない
 
 

心構え

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 以上だが、正直まだまだ不足しているところはある。引き続き、正確な情報収集と生存確率をあげるために何ができるか、を日常的に考えていく必要がある。

 本来なら、地震大国に住まう民族である以上、「いつ地震が起きてもおかしくない」という心積もりがあって然るべきだ。本震のあとに準備しているようでは、はっきり言って遅い。

 最初の揺れが起きてからでは、各店舗の商品在庫もなくなるし、ふだん準備してない分必要以上に慌てることになるし。その時点で既にもう後手であること、今回の件で痛感した。

 
いつ起きてもおかしくない危険なら
いつ起きても問題のないようにしておかなくちゃならない 
 
 
 

数字より先人達の教えを

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30年以内に80%の確率で発生すると予測されている、南海トラフ地震
 
ラジオで聴いた、ある地震学者の指摘によると、この30年以内というワードに騙されてはいけない、ということだ。
 
ふつう30年以内と言われれば、なんとなく遠い未来だというイメージに結びつけてしまうのではないだろうか。そこが盲点だ、というのである。
 
来週起きるかもしれない
はたまた明日起こることだと言ってもあり得る
 
さらに言えば80%という確率も地震学からすれば「ほぼ間違いなく起きる」という数字なのだそうだ。
 
しかし、これもその一人の地震学者の見解に過ぎない。いかんせん地震について、まだ分かっていないことが多いため(これほど科学が発達している昨今でも地震発生の予知ができていない…)
 
地震学の権威同士でも意見が真っ二つに分かれることがあるそうだ。
そんな不確かな世界ではあるが一つ確実なことがある。
 
“備えあれば憂いなし”
 
この諺一つとっても、先人の知恵、先見性が現代人の心の正しいあり方を写す鏡になっていることは否定できない