書くザトウクジラ

寄り道こそ、王道。

天国の歌丸師匠へ届け

 
2018年7月2日、桂歌丸さんが息を引き取られました。
 
翌日の7月3日、お昼前に会見がひらかれました。桂歌春さん(歌丸さんの一番弟子)、三遊亭小遊三さん、ヨネスケさん、春風亭昇太さんの4名が参加されました。
 
幸運にも私はリアルタイムでその模様を見ることができました。報道陣の数はものすごかったですが、カメラは4人の表情を常に間近で映してくれて、歌丸師匠へ抱くみなさんの思いが大変よく伝わりました。
 
ところどころ、神妙な面持ちをされるシーンがありました。しかし後半は、書き方が不謹慎かもしれませんが、まるで笑点の掛け合いそのものだ、と思わせるほど笑いの堪えない会となりました。歌丸さんのもつ人徳、師匠への愛情が、天国へ旅立たれたあとも湿っぽくない「笑い」に変えたのだと今では思います。
 
 
 
 

私からみた歌丸さん

 
私にとって桂歌丸さんとは、笑点の司会者であり、舞台では最年長者なのに、いじられキャラで、だけどみんなから愛されていることがはっきり分かる、そんなお方でした。落語家というよりも、笑点のイメージが強かったです。緑の袴の袖と扇子をゆらゆらさせながら、軽妙にお話され、また出演者には絶妙な返しをなされていました。
 
三遊亭小遊三さんは本日の会見で、歌丸さんのことを笑点の司会者としてはもちろんだが、落語家としても天下一品ということを仰っていました。
 
歌丸さんが落語家として残した言葉、「落語家たるもの、なんでも出来なきゃいけない」
 
その言葉通り彼は、滑稽物、人情物だけでなく、晩年には、プロの世界でも高難度とされる、古典落語の高座を成功させられました。小遊三さん曰く、古典落語をあれほど再現できる噺家は、歌丸さんを入れて数えるほどしかいない、との事でした。
 
 

歌丸さんの武勇伝

すべて芸に結びつける天才

彼は、日常生活の所作から心構えまで、まさに生き様そのものが落語家であると称されていました。それがわかるエピソードの一つとして、彼は中身のないダジャレを人一倍きらう人でした。
 
ただの言葉遊びに終始するのではなく、趣、味わい深さのあるものにしろという。遊びであろうが、冗談であろうが、落語家の魂を捨てることは無かった、歌丸さんの姿勢や人柄が落語にも表れているのだと思いました。 
 
 

家では亭主関白

笑点では、女房には頭があがらなくて…というフリをされたところを見たことがありました。しかし、本当の家庭ではそれがまったくの逆で、まさに亭主関白を絵に描いたような生活を送られていたようです。
 
家で弟子に稽古をつけるとき、その舞台の2階には絶対に奥様をあがらせないそうです。稽古が終わり、1階にお弟子さんたちが降りてきて、そこで初めてお茶を出したり、ねぎらったりされるようです。
 
このような鉄の掟がありますので、奥様が歌丸さんの高座を観覧されたことも無いようです。ただ生涯一度だけ許されたのが、今年開かれた、師匠の最後の高座のときでした。そこで初めて奥様はご主人歌丸さんの舞台を目の当たりにされました。
 
それほど厳重でしたから、春風亭昇太さんも歌丸師匠の奥様は、一度お目にかかっただけだと言います。
それも、落語会場の入り口で、何名もの落語家さんに取り巻かれてご挨拶をされているご婦人がいるなぁ、よほどお偉いさんなのかなぁ、と思っていたとのことです。それが、後に師匠の奥様だとわかり、仰天なさったということです。
 
 

小言は弟子にだけ

 
笑点を観ていてもよくわかりましたが、歌丸さんと言えば「小言」です。しかし、彼の持ち味でもあるそれを発するのは、自分の一門のお弟子さんだけだそうです。
 
他の兄弟子さんや、弟弟子さんには一切言われないようです。二回り以上後輩の昇太さんへも、ふだんは丁寧語をつかわれていたようです。
一門以外の方には、どんな方にも物腰柔らかく、きちんと弁えられていて、本当に竹を割ったように男前なお方ですよね。
 
このエピソードも最後には、一番大変だったのはお弟子さんだ!というオチがついたときには、笑わせてもらいました。
 
歌丸さんの代名詞である小言は、息を引き取る直前まで続いたようです。天国へ旅立たれる2日前の6月30日に、最後の小言をくらったのは、歌丸さんの一番新しいお弟子さんでした。
「お前は俺が死にそうってときに顔も出さないのか!」
 
私は一視聴者でしありませんが、その情景がなんだか目に浮かぶようです。
 
言動、行動すべて芸に結びつけていた。
最期まで、男とは、男の生き様とは、落語家とは。
その答えを生涯現役で追い求めつづけ、そして、成し遂げた天才噺家。
 
 

最後に

 
" 桂歌丸とは落語界の王貞治だ "
 
これは、ヨネスケさんの言葉です。
 
記者の方に、歌丸さんに最後に掛けられた言葉はなんですか?と訊かれたヨネスケさんの、涙をこらえきれず思わず天を仰いだ瞬間の言葉が印象的でした。
 
「下っ端のころから、今までずっと面倒を見てくれました。師匠には本当に… ありがとうございましたと… これしかないですね…」
 
今まで、どちらかと言うと和やかな様子で会見に臨まれていたヨネスケさんも、この記者の質問に、歌丸さんとの思い出が改めて走馬灯のように蘇ってきたのでしょう。
 
噺家である前に、このような愛され方を万人からされる桂歌丸さんは、お弟子さんたちの、落語家さんたちの、私たち庶民の、生涯変わることのない宝であり、誰一人あなたの存在を忘れることはないでしょう。
 
歌丸師匠、ご冥福をお祈りいたします。
81年間、本当におつかれさまでした。
 

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