書くザトウクジラ

寄り道こそ、王道。

あいでんてぃてぃせんそう。

 
今週のお題「わたしのインターネット歴」
#アイデンティティ #自分らしさ
 
好きな服はなんですか?
好きな本は?好きな食べ物は何?
そんな物差しを持ち合わせてる僕は凡人だ
 
(サカナクション 2011年発表曲アイデンティティより抜粋)
 
 
 

あさからよるまで。 

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大多数が朝おきて、夜ねむる。
 
朝におはよう、夜におやすみ。
画面に向かってつぶやく。
 
自己承認欲求という名の怪物は、朝起きた瞬間から開始され、夜眠りにつく直前まで継続していく。
 
原始時代は目を合わすことから始まり
言葉がうまれればそれを使い
海外の人々と交流するようになれば英語を用いる
 
いまではその全てが情報端末一台で事足りる.
 
 
目を合わすだけで、相手が何を考えているか、瞬時に分かるという意味を表す言葉「目は口ほどにものを言う」
 
いつか、目すら合わせないようになる時代がくるのか
 
目を合わすことで相手の存在を直に感じ取れる
 
今や遠くの人の存在を感じたいときは、その人の文章や写真から感知可能である
 
 
 

まいごのこたえ。

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好きな服はなんですか?
好きな本は?好きな食べ物は何?
そんな物差しを持ち合わせてる僕は凡人だ

 

 
相手のことを知りたいとき、好きなものを聞くというのは常套手段である.
そこで自分との接点や共通点があれば、話が広がり、もっと仲良くなれるという期待効果がある。
現代は物理的距離の問題もなくなった
 
だが、それを延々と続けていくことは、最終的に何かを生み出すであろうか。
 
共通点が見つかったから、それが何だというのだ。残酷な場合、馴れ合いの義務が生じるだけだ。
 
 
ボーカル 山口一郎が我々に残してくれたもの。私は自分を見失いそうになったとき、この歌を口ずさむ。
 
発表から7年経った今でも未だに考えさせてくれる。
パッとした答えがみつからない。
いや、もはやそれ自体が答えなのかもしれない。
 
答えがみつからないという、答え。探し続けるという、答え。
 
 
 

そーぞーりょく。

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相手を知るために、好きなことを知るというのは、問題を解く前から答えを見るようなもの。少なくとも、長い関係を構築していく前提においては、ショートカットをすることは、逆に勿体ないことだ。
 
ゆっくりと、相手と接しながら、同時に想像していくことが重要なのではないか
 
人々に本が読まれにくくなっているのは、想像力を不要なものとして切り捨てるようになった結果ではないか
 
1ページから300ページ、500ページ、時には1000ページ
 
なにゆえ、ここまで辛抱しなくちゃならんのだ、というふうに。
物語の結末、登場人物の心境変化、著者の気持ち、本当に伝えたいこと
 
今すぐしりたいのに
現代では、片手一本で、文字通り手に取るように、あらゆる感情がわかるというのに
長い時間などかけていられない とでも言うように
 
想像力の放棄は、人間らしさの放棄。
人間らしさの放棄は、いくら顔の見えない相手であろうが、良好な関係構築に最終的に影響を及ぼすであろう
 
いつかめぐりめぐってくる はずだ
 
 

ひらがなのいんりょく。 

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オールひらがなでの造語はどこかポエムにみえてしまう
それを狙ったタイトル
先入観をうえつける
 
自分がケガをしないように
これはポエムですよ、って予め予防線をはる
傷つくことへの抗体は残念ながら無い
 
 
アイデンティティせんそうは終わりを知らない
個の集団化、個の埋没化、個の平均化
みなが同じ顔をする
 
本名をつかうことより、オリジナルネームを使うことの方が俄然多くなった
 
フルネームをいってみる
 
いつか千と千尋の神隠しみたいに自分の名前さえも思い出せなくなる日がくるのではないか
 
アピールし、アピールされ
皆を見て、皆に見られ。
 
電波にのってただよう情報の羅列は
本当の意味で
真実のようで、真実でない
自分が本当に経験していない という意味では
 
それは 四角い板 にあやつられている何かだ