書くザトウクジラ

寄り道こそ、王道。

ツイ消しできるけどブログは消せない

 


f:id:marimoconnect:20180904213643j:image

 

実はさっきまで企業の志望動機を書いてました。
まったく… この世はほんとにもう…!


そんな悩める子羊僕の今回のテーマは
ツイ消しできるけどブログは消せない!


じゃじゃん。
管理人ポイントその①
肩肘張らない記事のときは無駄にやすっぽい擬音使いマス


管理人ポイントその②
ふざける記事を書くときは一人称がいつもの「筆者」ではなく「管理人」になりがち

 

さぁ、
ツイ消しできるけどブログは消せない。
の時間ですよ。

 

管理人ポイントその③
本筋からズレが生じそうなときは思い出したかのようにタイトルを連呼する

 

 

さぁさ、レッツラ本題だ。
ツイッターとは、140文字以内で気軽につぶやきたいことをつぶやくサービスのことです。


私がそのツイッターを本格的に始めたのは、本ブログ開設時でございます。なので、まだ8ヶ月半ほどです。つまり、まだツイッターがめちゃくちゃ楽しくて仕方ないときなのでございます。

 

ところが先日、ツイッター歴8年の子にこの話をすると鼻で笑われました。だけど特段気になりません。だって、僕ってば、、
「これ始めたばっかりなんだからね!!!!」

 

このときの私の感情は、社会人野球の選手が、小学三年生の子に、ちゃんとバントが決められないからといって嫌いになることはないはずだ という理論に基づいています。

 

とはいえ、こんな感じの流行りに疎い、半分おじいちゃんのスロースターターぶりを発揮して、この調子で私はインスタグラむぅにさえも私は手を出してしまうのでしょうか。いやあれは、また別かな。さすがに。目がチカチカするだけやし。さすがに。

 


そんな、限られた文字制限の中でつぶやけることに快感を覚えつづけているドM私ですが、とある真理に気がついたのです。というより、新たな自分の言語表現に関するクセに気がついてしまったのです。

 

それは、ツイ消ししちゃうクセです。

 

常識人のみなさま方からすれば、もしかしたら、
ツイ消しするくらいなら「なぜツイートなんてするのだ」という思考に行き着くことでしょう。


それが、ですよ。


それが、僕にも、その原因に関してはイマイチわかっていないんですよね。

 


もう一人の私の一説によると、


一回発信したらなんか気分爽快!
だれか数人でも見てもらえたから満足!


以上のような理論だそうですが、本体の私はというとまだ正確な論証を得られずにいます。


なので、また分かり次第、お伝えすることとします。つまりは後回しです。


管理人ポイントその④
後回ししがちだけど肝心のそれがいつになるかはものすごく不確か

 


ツイ消しの真の原因はわかりませんが、
ツイ消しするときの心境の説明くらいはできます。


「深くなにも考えていない」


これに尽きます。この程度のことです。
140文字以内の短的表現にすぎませんので、惜しげもなく、ぷいっと削除できてしまうんですよね。


しかし、私の本業はあくまでもブロガーです。(あ、職業の本業という意味ではないですよ、ご安心を。嫉妬の炎は不要です)

 


ブロガー的にその「ツイ消し」という行為を分析ingしてみると、そんなもったいない!という発想にしかなり得ないのです。


どうですか、こんな真っ二つの顔を同時に内在させてる私って変ですか?


ありがとうございます。
私にとって「You 変」とは褒め言葉でしかありませんので。

 

さきほどのもったいない感情というのは、一つのブログ記事と一つのツイートの重みの差を言い表してもいます。

 

Googleアナリティクスを入れてから、やけに掲載順位やGoogleからの評価を気にしています。そんな心理状態の私が、最低1000文字以上!という目標を掲げながら、汗まみれになってこさえ続けてきた記事。
時には鼻血もちょっと混じってたかもしれません。

 

それに対し、

 

ツイートですよ。たかがツイートですよ。
その気になれば幼稚園児様にも生み出せてしまうツイートちゃんですよ。


そんな簡単に、いくつも爆誕させられるツイートを消すことなんてほんの一瞬。

 

しかし、ブログに関しては「消す」ってよっぽど覚悟がなけりゃ私の場合は難しいのです。


こういうとき、愛でたくなるんですよね。はてなスターを。


もし、ブログ記事を消すときは、その読者の方の笑顔まで消去してしまうような気がして。

 


管理人ポイントその⑤
笑顔、愛といったキレイな言葉で最後はしめたい派