書くザトウクジラ

寄り道こそ、王道。

おかねもちブルース

 
 
昨日。往復4時間をかけて、目的地に到着した。
ひとりの友達をつれて。
 
相変わらず、電車内では首をさげた若者やおじさんたちが目立った。
 
いつからか、車内の光景はひどく無味乾燥で、えらく閉鎖空間となり果ててしまった。
 
おまけにピーク時は問答無用で、全方向から圧力をかけられる。
 
電車のなか、バスのなかは圧力鍋だ。そして、停滞した空気の蒸し風呂だ。
 
そんな鬱蒼とした空気を一掃させてくれた。
 
その場所は、まさに海の見える家。
 
 
家主は朝の五時半に貨物船の汽笛でめをさますらしい。
 
ここは日本でいいのか、はたまた夢の中でいいのか。
 
そこには、仲睦まじい結婚四年目の夫婦がいる。
 
休みの日には、書棚で本をよみ、大窓をあけて、大海とそこに横たわる橋を見る。
 
まれにやってくる、黒い塊。
 
宇宙戦艦ヤマトを彷彿とさせる、巨大貨物船。
 
生の地球と対峙する瞬間だ。
 
海は地球の7割を占めるという話も、案外鵜呑みにしていいのかもしれない。
 
 
室内と外観は極めてモダーンである。
 
前衛的ではあるが、嫌味はない。
 
外観はまさに、照りかえる純白の長方形だ。
 
何万光年先にある超先進型ユーフォーとでもいえようか。
 
 
ふとめがさめる。
 
自分の家の玄関、エアコン、浴槽、キッチン、ゴミ箱。
 
見覚えのある風景が急に眼前を覆う。
 
劣等感という言葉に出すことができても、それは、全身で拒絶した「なにか」だった。
 
圧倒的なのは、目の前にそびえる、白の巨塔だった。
 
 
 
つきささる。
 
内在するトゲが、体を、心を、蝕んでいく。
 
人工物を支配する幸せ。
 
人工物に支配された幸せ。
 
どちらも、つきつめた人間の欲望の成れの果てである。
 
 
飽くなき探究心と、暴走する理性はベツモノだ。
 
人生の定義など、考えなくていいこと。
 
形あるものがすべての答えか。
 
夢をもつのは時代遅れか。
 
欲望の権化より、マシなのか。
 
 
かき乱され、揺さぶり続けられることに、
一つずつ意味があり、駅すらどこにもないのだろう。そして、意味もない。
 
あるのは、信じていたい事実のみ。