書くザトウクジラ

寄り道こそ、王道。

心配事の9割は起こらない ってめっちゃいい。

 

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 書店のことを ❝本屋さん❞ と親しみを込めてよぶくらいには、私も足を運ぶ。店内に足を踏み入れるだけで、世の中の動向やこれから流行ることがわかる。本の見出しだけを見て満足し、本屋をあとにする日もある。世のすべての本という膨大な量をその書店員が厳選している。その視点で観察していれば、世の中の動きだけでなくお店の特色までわかる。駅チカのお店はサラリーマン向けのビジネス書が、百貨店の店舗は奥様向けの料理本が充実しているのかもしれない。
 
 本のラインナップを通して、客と店員とのコミュニケーションが成り立っている空気感がすきだ。さまざまなジャンルのものが選書される。日常に足すほんの少しの柔らかな一滴。「あなたの心のエッセンスにどうぞ」から「読めるものなら読んでみやがりなさい。」とあえて挑発的なものまで。人対人のなかに本が介在しているこの感じ。立ち読みが多い本屋というのは一見怪訝に感じるが、実は書店としては優れているといえる。立っても読んでいたい。その一人が読んでみたくなった本がそこに存在していたのだ。立つ、時間をかけるほどの価値のある本が多く存在する本屋は、私にとっても理想の終着点だ。
 
 
 前置きが長くなったが、その本屋めぐりの中で最近よく私の目に止まる一冊をみつけた。その本のタイトルは「心配事の9割は起こらない」である。その本を実際に手にとって見たわけではないのでうろ覚えだ。あえて買わずに、そのタイトルだけで思考を深めることを結構やってしまう。お金を一度払えば、本との出会いを一瞬のものにしてしまい、あとは本を読むだけになる。それではつまらない。出会いまでの時間までも究極に楽しめるのが、読書の醍醐味なのだ。
 
 目と心が奪われたその本のタイトルを、もう一度心の中でくりかえす。心配事の9割は起こらない。やはりしっくりくる。いい言葉だ。自分の中に溶け込んでいく感覚。心配をしてしまうのが人間だ。なかには杞憂もたくさんあるだろう。そうやって一生懸命危険予知をし、不慮の不幸から身を守っているのだ。致命傷にさせないようにするための予防線だ。しかし、そもそもその「心配する」という行為自体に精神や体力、エネルギーを必要以上に浪費してしまうのも人間だ。
 
 
 一番良い解決策は、これほどまでに心配に心配を重ねているけど、本当は悪いことなんて起きないと思い切ることが、最もバランスよく負担を軽くする方法ではないか。杞憂で終われば、人間だれしも安心しきり、「ホッ」のひと呼吸くらいついてしまうものだ。
 
 だけどその一生懸命不幸に耐えようとした思考の痕跡までは消えない。心配することのパワーを再認識できる、人間の強さを思い知った一冊だった。実に面白かった。ほら、本の題名だけでここまで想像できる。たかが見出し、されど見出し。思いもよらぬ勇気をもらうことがある。それこそが本のもつパワーであり、本はいつの時代も、人に何かを想像させる最適なツールであることの証明なのである。いや、宝物だ。