書くザトウクジラ

寄り道こそ、王道。

コーヒーが無いと回らない世の中って可笑しくないですか?

 

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おはようございます。今これを書いているのは朝です。今日はコーヒーを絶ちたいと思います。そうだ、今日のネタはこれにします。
 
僕はコーヒーを摂取することに対して、抵抗感があります。なぜなら中毒性があるからです。ちょっと敬語で書き続けるのはしんどいので、ここでやめます。コーヒーの中毒性は侮れない。中毒と言うよりもはや、それは「毒性」と言える。コーヒーに含まれるカフェインは体を(強制的に)目覚めさせる。この、「コーヒーが無いと何もできないのか俺は」という劣等感が芽生えるその度に愕然とするのだ。試しにコーヒーを抜いてみる。最初に起こる体の変化は、眠気がたまっていることを認知することだ。ああやっぱり、コーヒー様様だよなと打ちひしがれ、結局缶コーヒーに手を伸ばす。これを毒性と言う以外、なんと呼ぶのだろうか。
 
今や当たり前に見る光景。会社の隣のデスクで同僚達が、一日に何本も缶コーヒーを開ける音。通常サイズの自販機の捨て空き缶箱なんてすぐ一杯になる始末。それに対するアンチテーゼを提唱するのはこの私だ。私は断固として、カフェインに立ち向かい、コーヒー缶など握り潰す。しかし、その決意虚しく私はまだ完全にそのコーヒー(書き疲れたため以下、「黒い悪魔」とする)を断ち切れた訳ではない。むしろまだ道は遠い。せいぜい私は週に一度、コーヒーを断つ程度である。作戦は主に土曜日に実行される。コーヒーを飲めないときは、麦茶、牛乳、オレンジジュースで応戦する。しかしここで黒い悪魔のもう一つの優位性に気づく。
 
彼はカフェイン(もはや麻薬の域に達するため、自戒の意味をこめて以下「カヘイン」とする)だけでなく、その味そのものも激しく魅力的なことに気づく。苦味だ。本来人間が、すすんで苦味を摂取することなどあり得ない。試しに、苦味のあるもので普段口にし得るものを連想してみてほしい。すぐにつまづくはずだ。ちなみに私は青汁くらいしか思い当たらなかった。それも本能的に摂取したいものというよりは、健康に駆られるからという半強制的な動機である。カヘインとの結びつきにより、苦味関係なく何でも欲してしまうのか。となれば、人の味覚へも多大な影響を及ぼしているのではないか。重度の味覚オンチを引き起こさないか。ひとたび考えるだけで、このように様々な黒い疑念が脳を渦巻くから、怖ろしい。黒い悪魔のことを考えているだけで、目が冴えてきそうだ。ここで、思わぬ形でのコーヒー絶ちが果たされてしまった