書くザトウクジラ

寄り道こそ、王道。

スマホ依存度100%の僕がスマホに求めるもの

 
 
 今回は珍しく思い出語り回にしたい。こう見えてスマホが好きな私。スマホでいろんな世界にアクセスできる便利さよりも、純粋に物質的に好きという意味だ。どうも、変態です。ガジェオタまではいかないけれども。そこまで毛深くもなければ、専門知識もそんなにない。でもスマホがすきだ。その好きさ加減は恐らく、軽くすき焼きに匹敵する。
 
 
 

思e出ぽろぽろ 

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僕が最初に触れたスマホは、HTC(台湾製品)のアンドロイドだった。
 
当時次世代通信規格だったWimaxが速度制限、通信制限無しで使い放題できた、まさに国士無双機種でした。あ、ところで。思い出の「い」と「e」を掛けてます。スマホチックな、まさに(e)電子的な、エレクトロニカルな思e出。って言わせんな、恥ずかちい。 
 
↓これの一個前の機種をもってました。
HTC J butterfly HTL21 au [レッド]

HTC J butterfly HTL21 au [レッド]

 

 

 

そんなホープの彼が、8ヶ月で故障しお陀仏となったのも今では良い思い出である。電源を入れた衝撃はいまでも鮮烈に残っている。まずブルっと筐体が震えるのである。そして、折り畳まなくてよいのだ。その大きな漆黒の画面は、自分の顔をも写している。ガラケー時代は、自分の鼻しか映さなかったのに。これが俗に言う、一部の人々の間で語られる、いわゆる、そう「手鏡からの卒業」である。
 
 
画面が大きい。画面をなぞると、それに中身もついてくる。出目金でさえ此れほどまでに、飼い主に対して親しみのある挙動をしないはずだ。これが俗に言う、一部の人々の間でのみ語り継がれる、いわゆる「金魚からの卒業」である。もちろんスマホで体感できるのは、ファインディング・ニモのような親しみある挙動だけではない。
(さぁ。つづきは最終章へ) ←これは、この書き方は、相当自信あるやつ。そして、否応なく上がるハードルやーつ。
 
 
 

スマホに求めるもの

 
 

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 現実主義の方はこちらへご案内します。ていうかこっちが本題。やっぱ僕って変態的。そもそもこんなことを書きたかったのは、僕がauショップでアルバイトをしていた経験があるから、という単純なものではない。
 
オレサマはそろそろスマホを買い替えたい
 
のである。今のものは、16年に購入し、もう少しでちょうど三年にもなろうところだ。三年というとiPhoneユーザーからすれば、まだまだ買い替え期とは言えないかもしれない。現に私はこの前まで、iPhone5Sでラジコを聴いたりして遊んでいたのだ。一見、拝金主義のドクリンゴ様かと思えば、古い機種でもアップデートを見過ごさないところが、ツンデレぶってて可愛い。長持ちしていくアップルフォンであるが、アンドロイドはアプデサポートをされているものと、されてないものがある。この前から出ているGoogle謹製のPixel 3はサポートが手厚そうだ。なんたって、世界が見られる唯一つのスマホなんだぜ。
 


 
だが同じく18年冬に発売されたシャープの旗艦スマホ「アクオスゼロ」はなんと、2年はアプデを保証します ということだった。たったそれだけ。
 
 
 少ない。私は愕然とした。ユーザーとしては、一台の機種を長く使えれば、使えるほどいいに決まっている。安価な機種と割り切って、様々な機種を渡り歩くというスタイルにしている使用者はそれでいいのだろう。しかし、やはりスマホ持ちの夢は、「良い機種をいかにドヤ顔で持ち続けられるか」であることに尽きると思う。実際私は、次のスマホ機種を夢想する際は、そりゃあ一度や二度はiPhone XS MAXを使っている自分を夢想(むそ)るものだ。なんてったって、世界一売れーの、知名度もありーの、世界最高峰モデルなのだ。あのゴールデンボデーが金の延べ棒に見えてしまうなんて事くらい、ザラにある。だが今ではとっくに華麗に私は、その局面を脱しているわけだ。やっぱり日本人は、黙って国産である。先程話に出たシャープのスマホ。これが実は私の大本命なのだ。お値段10万円少々であるが、国産企業応援代金、投資と思えばちょろいものだ。
 
 
 もちろん、購入に値する道理はそれだけではなく、本体性能にある。黒が引き締まる有機EL。液晶との違いは、簡単に言えば、液晶は光らせる必要があるのだが、有機ELは自ら光る。そのため、液晶のようにバックライトがいらないのだ。ここまでお読みの勘のいい皆様はもうお気づきだと思われるが、省電力なのである。しかも有機ELの位置付けは「次世代のディスプレイ」と称されている。私はこの次世代の革命に、日本の産業分岐点にお金を貢ぎたくなった。厳密にいうと、投資したくなった。
 
 
 
 
 ソニーもいいのだが、ソニーはどこかもう、日本の方を向いていないような気がして。世界企業というどこか他所他所しさもある。日本にテレビという魔法の箱を通して、娯楽を提供し続けてきてくれたシャープの方に私は純粋に恩返しがしたくなっただけだ。もちろん、ソニーの企業理念も、製品も大好きだ。音楽、ゲーム、スマホ、ラジオまで全部ソニーだ。だが、最近のシャープも攻めている。これは間違いない。鴻海工業の介入で一時はどうなるかと肝を冷やされたが、むしろどんどん攻めていてくれて、一消費者として、日本人として喜ばしい限りだ。海外の企業に握られたにも関わらず、より独自性やその企業本来の「らしさ」を取り戻した好例ではないかと思う。
 
 

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 これからは、ソニー、シャープが日本の電機産業を世界に広めていってほしいと切に願う。だが、Googleのピクセルもいい製品なのである。インターフェースは昔から外国に敵わない日本であるが、
 
いつか、日本の職人が世界の「SHOKUNIN」として認知されること
 
 これを願って、本テーマの結びと致す。結局、何の機種に変更するのかって?それは野暮な質問だ。迷っているときが、一番楽しいのに。何故なら、ある意味では唯一その状態だけが、「全部を何でも何個でも、手に入れられる境地」なのだから。はぁ。それにしても、テクノロジーって本当わくわくする。地球上の最新のモバイルテクノロジーが10万円で買えるなんて、やっぱり破格だ。
 
 
 

最終章:手のひらの宇宙を操るということ

 

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お待ちかねの最終章。ねむいけど。ハクシュ。
 
革新。それは、異なる世界へアクセス可能な、手のひらのインターネットを実現した点にある。PCくらいしか機会が無かった現世へのインパクトは相当なものである。宇宙創生に次ぐ、人類文明のビックバンは人々に一挙に享楽を与え、同時に無限に近いほどの時間を奪っていった。現在進行形で膨れ上がる、世界中からの無数のアクセス。新興国の人々たちへも爆発的に普及為されていく。インターネットはあらゆる者へ、あらゆる機会を与えた。神のごとく。文字から、メールから、音声から、画像、動画、映画に至るまで。三次元を映像化したものまで登場している。今度は、三次元を直に体験できるところまでステージは来ている。だが革新はいずれ、慣習に変わる。そして、慣習がまた新たな革新を生む。そんな手のひらサイズの宇宙が、言葉にできないほど今でも輝き、美しいのである。