書くザトウクジラ

寄り道こそ、王道。

【五七五】七夕に違和感感じる今日このごろ

 


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あえて七夕についての予備知識ゼロで臨みます。たしかこれって織姫と彦星が一年に一回しか出会えないのが、今日の7月7日という日なんですよね。でもって、そもそも滅多に会えない二人がどうしてこの日に会えるのかというと、願いが叶っちゃうからなんですよね。でついでに私達外界の民たちも叶えてもらえるんですね。はい。


絶対違うしというか、ところどころ支離滅裂ですよね、すみません。まあいいんです。なぜならラザニア、僕が今日言いたいのは七夕の由来ではなくて、ですね。日本人願いすぎじゃね?ということです。それがタイトルにもあるような、七夕に違和感感じる今日この頃(五七五)なのです。


まず、正月で願われます。ファーストゴッドセンセーションです。参拝者の中には一年の始まりということもあって、2回も3回も初詣る方もおられることでしょう。


さらに日本人は正月にしか神社やお寺に行かないわけではありません。御朱印帳集めという今風な流行りにも積極的に乗っかっていきます。もちろんそこでも参拝三昧。八百万もの神様がいるからこそのキャパシティ、流石です。

 


そして極めつけ。
日常語である「よろしくお願いします」
これに関してはもう無限に使われています。そのうち近所の小学生まで使い出すんじゃなかろうか。怖いです。まだこちらの世界に入ってきてはいけない。

 


ただでさえ、お祈り好き、願掛け好きな日本人だからこそ、七夕という神話が未だに受け入れられ続けているのかもしれません。しかし私は疑問を呈したい。あまりにも他力本願過ぎやしないか。もしくは、その中途半端な精神状態のまま、願いを形にしてくれるなと思ってしまいます。


ここまで書いてるイケイケ豪語ーな僕だってそりゃもちろん、何も為せないそこら辺の人間ですよ。だってたかがサラリーマン業務を終えて帰宅するだけでその日一日の残りが食事と排泄とゲームで潰えてしまうんですからね。でもって、一丁前に睡眠だけはとるのだから余計にたちが悪いんや。


そんな僕でもやたらめったら、神様にお願いごとなんてしません。神様にお願いする前に自分を動かせばいいんですから。だって単純に考えてみてください。神様を動かすことと、自分を動かすこと。どちらが簡単で、どちらが難しいですか?

 

神様を信じること自体はまったく否定しないのですが、ちょっと一年通してお願いごとが多すぎやしないかいと、この機会に問いかけたい出来事となりました。神様は有限なんや、八百万しかおらはらへんのや!


ところで神様、明日も日曜日にしてくれませんか?