書くザトウクジラ

文字に、全振り。

紙ノートと手書きの良い関係

 

今朝、日記ノートに文字で何か書いていた。学生ぶりくらいに久々に書いた。そのノートを購入したのは2週間前のこと。かなり分厚目で少し¥お高めのノートだったので、書き出すのに躊躇していた。しかし今朝いざ書き出してみると、一心不乱に書いている自分がいた。内容は、今の境遇にいたるまでの経緯、今思っていることといった内省的なものだった。だが、こう見えて私は白紙のノートをいざ目の前にすると腰がひける。ブログではなんともないのに。ノートはあらかじめ分厚さが決まっているし、誤字脱字もそのまま残るし、感情の乱れもそのまま残るからである。感情の乱れとは、その日がうまくいかなかった日だと、文字が乱雑になったりするとかそういうことだ。感情は筆跡に現れる。以上の理由で、ブログを約3年続けている私にも、紙の(とくに新品の)ノートは未だにてごわい強敵なのである。そうして、そんなことではいけないとようやく決心した結果が今朝である。ところが、いざノートに書いてみるとこれまでの杞憂が嘘のように、書けば書くほど、むしろもっと書きたいと駆り立てられるのである。物体に自分の手で文字を記すこと、これが正真正銘の「書く」ということである。この本物の「書く」の前では、ブログやツイッターは限りなく「書く」に近い疑似行為である。紙のノートだからこそ、生まれてくる独特の考えがあり表現がある。反対に、画面越しだからこそ生まれる気の利いた表現もある。書く側の身としてはそのどちらも愛おしく大切にしたいと思った。